「声かけ」は、「指示」や「命令」ではない!~介護士に必要な話術は『質問力』
介護士に必要な話術を『説得力』だと思っている人はいないでしょうか?
認知症ケアの中で「帰宅願望」や「問題行動」の対応をする中で、または利用者の方を誘導する時に、『説得力』が必要だとは思っていませんか?
もしそうだとしたら、イエローカードです。
「スピーチロック」という言葉があるように、言語的または非言語的であっても、その人の行動を抑制させたり、こちら側の意図で強制させることは介護現場ではいただけない行為です。
それではどうやって、認知症である利用者の方の問題となる行動に対応し、適切な方向へと誘導するのかというと、必要な話術は『質問力』です。
その人が嫌がることを無理やりに説得して、虐待チックな場面を作ってしまうのではなく、お互いにとって気持ちの良いケアが行えるような工夫をご紹介していきます。
それでは、お付き合い下さいませ。
【目次】
『質問力』のある介護士は、あらゆる点で有利。
普段、自分が行っている声かけを『質問』に変えるだけでも効果は大きいです。
なぜなら、声かけしている介護者の意思の押しつけにならないからです。
例えば、よく利用者の方を説得しようとする声かけの内容に、「~~しないといけない」「~~したらあかん!」と命令口調になってしまっていることがあります。
それらを『質問』に変えるだけでいいのです。
「~~してみてはどうですか?」「~~しない方がいいとは思いませんか?」
少し口調を変えるだけで、介護者の立ち位置が下がったようには見えませんか?
「これでは利用者は言うことを聞かないよ」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません、後ほど解説します。
この記事を最後まで読むのが面倒だという方は、普段自分が行っている声かけを見直し、もし命令口調になっていたら『説得』から『質問』に変える意識だけでもしてみて下さい。
そして、声かけにおいて最も重要なことを先に言っておきます。
声かけとは、「提案」や「案内」であり、「指示」や「命令」ではありません。
「近頃、◯◯さんは認知がひどくとても不機嫌で、”指示”が通りにくくなっている」という申し送りを受けることがありますが、プロの介護士としてその人の認知症症状に沿ったコミュニケーションがとれていないということと、不機嫌なご高齢者に対して指示しょうとしていたという2つの点でおかしいといえます。
確かに、認知症の進行や老化による難聴などが原因で、介護者の言葉をしっかりと理解してもらえないことはあります。
そのため、タメ口になったりその人がよく使う言語を用いたりすることはあります。
しかし、赤ちゃん言葉になってしまったり命令口調で話しかけるのは話が別です。
我々介護士に求められるのは、その人が理解しやすい形での「提案」だったり「案内」です。
よく、利用者を案内するための言葉かけを「指示」と表現してしまう人や、利用者をコントロールすることが仕事だと思っている介護職員の方がおられるなら、その態度と考えを改めた方が良いと思います。
前置きが長くなりましたが、お互いが気持ち良いまま相手を上手く誘導する『質問力』について解説していきます。
一応、個人的な経験談だけではなく、心理学的な要素も取り入れているため、介護現場以外の人間関係でも使えると思います。
それでは、介護士が身につけるべき『質問力』についてお話していきましょう。
返事に困ったら、相手に考えさせる。
それでは、まず手始めに、認知症の方とのコミュニケーションで返事に困った時を想定して対策を考えてみましょう。
よく、私が返事に困ってしまう事例があります。
それは、「うちの主人はどこにいるの?」と、もう亡くなっている家族を本気で探しておられる時です。
今この記事を読んで下さっている介護士さんなら、どのようにして応えるでしょうか?
私が新人の頃は、「(ん~、もう亡くなっちゃってるしなぁ。かといって「もう死んだよ」なんて言えないしなぁ。「違う部屋にいる」って嘘ついてバレたらどうしようかなぁ)」と色々考え込んでしまって、結局返事できなかったこともあります。
これでは、職員を頼りにして尋ねた利用者の方は不安になってしまいます。
今思えば、嘘をついてでも返事をしてあげれば良かったのにと後悔が残ります。
そこで、会話を続けようと思って、「質問」することを意識してみました。
「うちの主人はどこにいるの?」と聞かれたら、「すみません、◯◯さんのご主人とは会ったことがないんです。どんな方ですか?」と聞き返すような感じです。
そうやって会話を続けて、少しずつ話を逸らしていくか、時には本人が「あれ?そういえばうちの主人はもう亡くなったっけ?」と思い出されることがあります。
もちろん、それで泣き出してしまわれることもあるのですが、あまりにも悲しみに明け暮れてしまわれる人なら、違う話に転がっていくようにした方がいいと思います。
また、自ら現実を受け止めたことによって真実をまともに理解することができて、そこに寄り添う介護士は、ただ話を聴いて慰めるような立ち位置をとれば、それ以上事が悪化することはないかと思います。
介護士が受容者という立場になるからです。
間違っても、私の新人の頃のように黙りこくってしまったり、「あんたの主人はとっくに死んでるよ!」とネガティブな事実を押し付けるのはやめた方がいいです。
とにかく、介護士が返事に困った時(またはそうでなくても)、その人に対して意見するのではなく、会話を続ける中でその人自身に考えさせることで、介護士が悪者になることは防げます。
打算的で性格が悪いように見えるかもしれませんが、ある意味で自立支援が叶えられているとも言えるでしょう。
「質問」こそ、「最強の説得方法」である。
人間が、最も説得されやすい相手とは誰だと思いますか?
それは、信頼している自分の見方である存在です。
当たり前ですが、敵となる存在に説得されて同意できる人は少ないでしょう。
例えば、喫煙者にタバコを吸うことをやめさせようとしたとしましょう。
下の事例でどちらの方が、説得に応じやすい文章に見えますでしょうか?
「お前タバコやめろよ!体に悪いし、金の無駄だろ!」
「最近ね、うちの親父に肺ガンがあるって診断されたんだ。それでタバコについて色々調べたんだけど、やっぱりタバコは体に良くないよ。1本吸うごとに12分も寿命が縮むみたいだし、君の体のためにもやめた方がいいと思うんだけど、どう思う?
もし、タバコをやめて出費が減ったら、そのお金で一緒に旅行でも行こうよ。実はもう旅行先も色々調べているんだ(笑)」
極端に差をつけたこの2つの例、どう考えても2つ目の方が説得に応じやすいですよね。
敵となりうる存在に命令口調で指示されるより、自分のことを考えてくれている味方に優しく提案された方が、人は耳を貸します。
しかし、介護現場にいる実際の職員の方々は、なぜか「じっとしてなさい!」「立ったらあかん!こけるでしょうが!」と自衛隊の教官を彷彿させるような掛け声をしてしまいます。
認知症高齢者に限らず、他人から命令されるより自分で考えて選択したという過程を踏んだ方が、人は行動を起こしやすいものです。
ちなみに、心理学用語で「一貫性の原理」という言葉があって、人は自分が発した言動や態度に一貫性を保ちたがる傾向があります。
例えば、他人から言われてやっていること(宿題とか)は、やめていいのならすぐにでもやめることができますが、自分で決めて他者に公表した目標をやり遂げること(資格の取得とか)は、前者に比べて頑張ろうという気になるかと思います。
誰しも経験があるかと思うのですが、自分より上の立場の人(親や上司)に命令された作業は、その人の目がなければサボってしまうことがあります。
鬼の居ぬ間に洗濯というやつですね。
しかし、自分から「俺(私)はこれをやり遂げるんだ」と格好つけて語ってしまったら最後、「言ったからにはやらなくちゃいけない」と逃げ道が塞がれてしまいます。
つまり、相手の行動を変えようと思うなら、外側から圧力をかけるのではなく、一度本人の口から同意を得て内側から圧力をかけさせることによって、その後の行動は起こされやすくなるということです。
要するに、「命令」して無理やり動かすよりも、「提案」して自ら行動させた方が、相手は行動を起こしやすいし自分自身も楽だということです。
「無茶な要求」はそのまま返してやる
この記事の結論は、「説得」するより「質問」することと「命令」するより「提案」することで、相手自身に考えさせ、自ら行動を起こさせようということなのですが、
おまけとして、ご高齢者(または上司)からの「無茶な要求」の対策方法を考えてみたいと思います。
よく、介護現場では「無茶な要求」をされることがあります。
認知症によるものなのか元々の性格によるものなのか、真夏であるのに「冷えるから」という理由で「暖房をつけてくれ」と言われたり、仕事で忙しい家族に「電話して迎えに来いと言ってくれ」と言われたり、
相手が上司の場合は、職員は勤務時間内に業務を終わらせることで一生懸命なのにもかかわらず、追加で資料や書類の提出を指示してきて、企業によっては時間外労働として認めてもらえなかったり、、
そこで、『質問力』を身につけて、「無茶な要求」には疑問形にしてそのまま返してやりましょう。
真夏に「暖房をつけてくれ」と言われたら、「今は夏だからダメに決まってるじゃない!」ではなく、「他の利用者様は暑いそうです。それでもつけますか?」という返事をして罪悪感を与えてしまいましょう。
「それでもつける」と言われたら、「では、暖房の効いたお部屋に案内しますね」と提案するのがいいです。
もし、先に与えた罪悪感に負けてこちら側の要求が通れば、エアコンの節約と移動の手間が省けるでしょう。
上司に悪質な業務指示をされたら、「勤務時間内に終わりそうにないのですが、残業手当は出ますでしょうか?」と聞くだけ聞いてみましょう。
それで「出るわけないだろ」という上司ばかりがいる会社なら辞めてしまえばいいですし、会社によっては時間外労働として通してもらえることもあります。
一番最初にお話したように、こちら側の意見を主張するより、質問した方が自分の立場が守られた状態で相手への要求ができます。
正直、質問や疑問形にする工夫をしただけで必ずうまくいくとは言いませんが、説得や命令するよりかは要求が通りやすいですし、何より自分の身を守ることができるはずです。
これらの工夫を試してみる価値はあるのではないでしょうか?
「説得」しても何も生まれない
自分の気持ちを相手に伝えたい時、わかってほしい時に、人は「説得」しようとしますが、それでは何も生まれないどころか、怪獣にビルがなぎ倒されるように人間関係などが破壊されるのみであります。
どういうことかというと、人間の言い争いを臨床心理士のアル・バーンステインが「ゴジラ対ラドン効果」と名付けたように、人間同士が言い争いを始めるということは、怪獣が力いっぱい相手を攻撃するのと同じように、「自分がいかに正しいか」を証明しようと必死になるということです。
言い換えると、「相手がいかに間違っているか」を主張してしまっているともいえます。
お互いが理解し合うためには、相手の考えや気持ちを理解しなくてはならないのに、それを無視して自分を理解してもらうことに必死なのです。
相手の意見に耳を貸さずに自分の意見を主張してばかりでは、怪獣同士が戦いを繰り広げビルがなぎ倒されるように、何も得るものがないまま相手との関係性が破壊されていくのみです。
そもそも、説得することの目的とは何でしょうか?
相手に自分の考えを理解してもらいたい、気持ちを伝えたい、のが目的のはずです。
もし仮に、言い争いに勝利し相手を論破することができたとしても、同時に相手の反感を買ってしまっていることになります。
あなたに対して嫌悪感を抱くその相手は、今後あなたの考えや気持ちに共感することは少なくなっていくことでしょう。
それでは、「説得」しても目的は達成されません。
そこで、今回お話した『質問力』を用いて、相手に考えさせる余裕を作り出しましょう。
人間同士が本当の意味でわかり合うためには、自分の意見を通すのではなくお互いの意見を共有して、相手側の考えや気持ちに共感するステップが必要です。
自分の意見を無理やり通すために説得するのではなく、相手に納得してもらえるような工夫を施すのです。
相手との論争に勝利するなんて惨めな目標は捨てて、本来の目的を叶えましょう。
閲覧ありがとうございました。
【参考文献】