介護学×心理学ブログ

低賃金、人手不足、3K、何かと問題ばかり抱える介護業界。なぜ、介護の分野は成長していかないのか?それは専門性が低いからであり、あったとしても感情的・根性論が多いのが現状。介護の専門性とは何か?どうすれば向上していくのか?介護の本質を知らない、あるいは興味がない経営者に代わって、論理的に解説するブログ。

認知症は脳の病気?心の病気?いや、そんなことより、、

 

閲覧ありがとうございます。介護福祉士のTAKUMIと申します。

 

 唐突ではありますが、介護職の方に質問です。

 

 認知症とはどのような病気でしょうか?

記憶力が低下してしまう病気でしょうか?

現在の「時間」や「場所」、周囲にいる「人」がわからなくなる病気でしょうか?

または、実行機能に支障が出てくるという方もいらっしゃるかもしれません。

 

今回は、認知症とはどのような病気かを考えるきっかけになるような内容を書いていきたいと思います。

 

認知症は、とても複雑です。

認知症を正しく理解し、正しく支援していくためのきっかけになればなと思います。

 

 【目次】

 

 

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認知症とは?

 

 まず、認知症とはどのような病気か?という話ですが、一番専門的な分野として医学からの視点では、脳の病気だそうです。

具体的にいうと、脳に異常なタンパク質(アミロイドβタンパク質)が蓄積、沈着していき、脳の細胞を破壊したり脳を委縮させたりするそうです。

 

 しかし、例えば認知症高齢者の”問題行動”が、脳の変性によるものだけが原因かと言われれば、実際に関わっている介護職からしたら疑問が残ります。

確かに、脳が委縮してしまったことによって、認知症という症状が出ることは間違いありませんが、認知症高齢者の行動は認知症によるものだけではなく、「心の病気」「精神病」なのではないかという見解もあるわけです。

 

 ここからは、認知症とはどのような病気なのか?何が原因で症状が引き起こされるのか?を考察するために、いわゆる”問題行動”に焦点を当ててお話していきます。

 

認知症が脳の病気であるという矛盾

 

 「認知症」=「脳の病気」という定義だけで関わろうとすると、介護職は「この人には何を言っても理解することができない」とコミュニケーションをとることをやめてしまうリスクがあります。

 

 そして、1つの矛盾も生まれます。

 

 それは、人間が環境に支配されるという事実です。

例えば、同じ認知症高齢者の方でも、場所や時間、一緒にいる人が誰かによって、表れる症状が変わってきたりします。

他にも、環境の変化に弱いという特性から、自宅や病院にいた頃は大人しかった(暴れていた)のに、施設に入所した瞬間から暴れるように(大人しく)なるという事例はいくつも見てきたことかと思います。

 

認知症」=「脳の病気」だと限定した捉え方をしてしまえば、これらの事例には矛盾を感じることはないでしょうか?

たった1日や2日で、高齢者の脳は急激に変性するとでもいうのでしょうか?

 

これらの事実を目の当たりにしている介護職は、認知症は脳の病気ではなく、心の病気だ!」と言い張ってしまうのです。

そして、度が過ぎると、「介護者の関わり方が全てであり、精神的な支えになることができていれば、どんな人でも落ち着く!」と豪語するようになってしまうのです。

 

私個人としては、もうちょっとフレキシブルな(融通のきく柔軟な)考え方を好みます。

 

 

認知症を老化として捉える

 

 認知症をフレキシブルな姿勢で捉えるには、老化の1つとして捉えるのが一番だと思います。

その人が認知症になるということは、脳の病気でもあり心の病気でもあるが、それは老化する過程で生じてしまった弊害だという捉え方です。

 

「老化」という大きなカテゴリーに認知症を含めてしまったのは、それ以外では一言で言い表せることのできない複雑な病気だということです。

老化や生活歴に伴い衰えていく身体・認知機能。それにより影響を受けた精神状態。

 

年齢を重ねていくごとに元気になっていく方もおられますが、基本的には衰退していくことの方が多いです。

 

 「歳を取ると赤ちゃんに戻る」という言葉をよく耳にします。

私としては、高齢者が「赤ちゃんに戻る」というのは、その人が「ありのままの姿に戻る」という意味であると思っています。

 

 

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そんなことより、、

 

 「認知症を老化として捉える」というお話をしましたが、認知症という複雑な事象に(専門的意見を除いて)周囲の人間が何らかのレッテルを貼りつけるのが間違いなのではないかということが一番伝えたかったことです。

目の前にいる人のありのままの姿をありのままに捉えて、今必要な支援をするべきではないでしょうか?

 

 「認知症だから何を言っても理解はできない」「この人はおかしくなっているから何を言っても無駄」と言って突き放すのは、

自分がその人との関わりにおける困難さや複雑で理解し難いことから逃れるための言い訳をしているに過ぎないのではないでしょうか?

 

 

 その人が認知症であるという事実をうやむやにしてはいけませんが、何が原因でどういう病気なのかを一言では言い表せない事象です。

 

 特に『問題行動』なんかは、

認知・脳機能が低下したことによって、健常者とは異なった行為を脳が指示してしまうのか、

長い歴史の中で精神・心に大きなストレスを抱えたことによって、その人の人となりが変わってしまったのか、

老いることによって、理性や自制心が低下して自分に甘くなってしまい、反社会的な行動を起こしてしまっているのか、

これら全てが原因として正しい仮説だと思います。

 

 

認知症は脳の病気だ!機能訓練すれば改善される!」

認知症は心の病気だ!薬で落ち着いてもらうしかない!」

と周囲が決めつけた対応に出るのではなく、

「◯◯さんは、そういう歳の取り方をしたんだね」ぐらいに留めておいて、脳や精神状態により引き起こされる支障に柔軟に対応できる姿勢こそが、介護者に求められる能力かと思います。

 

 もちろん、ご高齢者を正しく支援するために専門的な知識を取り入れることは大事です。

というより、むしろ大前提です。

専門的な知識を取り入れたところで、頭でっかちになるのではなく、複雑な現象をありのままの姿として受け入れるところから始めましょう。

その柔軟な姿勢こそが、介護職の専門性かと思います。

 

 結論、決めつけはやめて柔軟な姿勢を取り戻せ!というお話でした。

 

どうか、偏見や先入観にまみれた頭でっかちな人より、柔軟性のある介護職が増えてくれることを願っております。

 

閲覧ありがとうございました。