あなたの施設は大丈夫?~邪悪な施設風土あるある
閲覧ありがとうございます。介護福祉士のTAKUMIと申します。
今回は、介護職の方の働きやすさや利用者の方の満足度を測るために、自分の勤める介護施設をテストしてみましょう。
そのために、邪悪な施設風土あるあるを3点(個人的意見を)挙げて、お話していきます。
あなたの施設はどれぐらい当てはまるでしょうか?
【目次】
邪悪な施設風土あるある3選
それでは、邪悪な施設風土あるあるを3つ挙げて、お話していきたいと思います。
同じ介護施設で働き続けると、感覚は麻痺してくるものです。
あくまで、個人的経験に基づいた価値観が内容となってくるため正しいものではありませんが、同じ考えを持つ介護職の方がいれば共感して頂ける内容かと思います。
今一度、本来あるべき介護施設の姿を思い出し、現状の誤りに気づきましょう。
中途半端なアットホーム感
邪悪な施設風土あるあるで、まず最初にお話するのが中途半端なアットホーム感です。
介護施設は他の業界に比べて、『家』というイメージが強いです。
病院に比べても、家庭という印象を強調した空間作りがなされているかと思います。
実際に、介護施設を設立する時は、ご高齢者に生活の場を提供する前提で建てているため、自宅での生活に近いものを意識していることでしょう。
昔は多床室といって病院のような相部屋だったのが、近年では個室化していき、今ではシェアハウスを印象付けるようなユニット型へと移行してきています。
ご高齢者により良い生活環境を提供するために工夫することは素晴らしいことですが、利用者が満足いく施設サービスを提供できているところは多くはないでしょう。
それはなぜでしょう?
どれだけ頑張っても、施設は家ではない。
当たり前ですが、施設は家ではありません。
安心できる環境作りのために、家のような環境作りに励むことは大事ですが、その人にとっての家を完全再現するためには、帰宅する以外に方法はありません。
しかも、施設に入居されるのは一人ではないため、複数人にとっての安心できる環境作りに励みます。
すると、自然に”一般的な家庭”の演出をしがちです。
つまり、施設側にとっての”一般的な家庭”の演出を提供しているだけであって、言ってしまえば施設側の世界観の押しつけになってしまうこともあります。
誰のための施設か?
一度立ち止まって考えてみましょう。
その介護施設は誰のためのものなのでしょうか?
どう考えても、自宅で生活できなくなったご高齢者やその方を介護することができなくなったご家族のためのものですよね?
ということは、その介護施設のケアを受けるご高齢者、サービスを利用するご家族に合わせて、サービスの形を変えられる柔軟性が求められます。
しかし、残念なことに、ほとんどの介護施設は設立する時から箱の形やサービスの在り方を固定してしまっているのです。
どういうことかというと、部屋で独りで寝ることが不安だという利用者がいるかもしれないのに「個々の尊厳を守るため」と個室に入れてしまったり、
食事は静かな場所で1人で食べたいというのに、「共に生活して頂く方々の交流のため」と食堂に連れてこられたりしてしまうのです。
「利用者様のため」と”施設側が勝手に考えた”環境やサービスの提供が、本当に個人の尊厳を守れているとお思いなのでしょうか?
多種多様な利用者がいるとわかっているのに、施設のやり方が変えられない柔軟性のなさは、施設側の人間のための介護施設になっているからではないでしょうか?
生活に困っていて今すぐにでも助けてほしいと叫んでいる人たちを施設に招き入れ、自分たちのやり方を押し付けて金稼ぎするのは、その介護施設を利用しているのは施設側の人間であると言っても過言ではないかと思います。
介護職員よ、介護施設は会社だぞ。
他にも、介護施設の中途半端なアットホーム感を感じるところはいくつもあります。
例えば、職員が介護施設を会社として認識していないことがあります。
みなさんが介護施設に通勤して業務にあたるのはなぜですか?
「お金を稼ぐため」です。
しかし、意識が高すぎる職員の中には「やりがいを感じるため」と自己実現欲求を叶える場として認識している人がいたり、
反対に、意識が低く行動力がない職員の中には「仕事が辛くて辞めたいけど、みんなを裏切るのは嫌だから」などと言って、大した仕事もしないくせにその場を動こうとはしません。
繰り返し言いますが、介護施設は会社です。
そして、職員は会社から定められた給料で働いています。
何が言いたいのかというと、介護施設は1職員が自己実現欲求を満たすために利用するような場所ではなく、会社に雇われ求められる労働力を提供する場所なのです。
その上で、やりがいを感じたり求められる以上の働きを見せるのは勝手ですが、自分を基準値としたりやりがいを感じない仕事を放棄していいことにはなりません。
他にも、介護施設を上手に利用している職員がいたりします。
たちの悪い職員の中には、「私は会社に雇われているだけだから」といって自分にとって都合の悪い現場での課題から逃れようとしたり会議で発言しようとしなかったりしておきながら、
「介護施設は利用者様にとっての家庭だから」と、会社の規則とは外れた行動を行ったり、いわゆる『なぁなぁ口調』になっていたりする場合もあります。
介護施設を「家のような」空間作りに励むことは素晴らしいことですが、決して「家のように」過ごしていいものではありません。
暗黙の了解
サービス業や人間関係が複雑な職場ではよくある話、職員内での暗黙の了解です。
特に規定されているわけでもなく、誰かがそれについて言及するわけでもなく、みんながなんとなくそれに従わなくてはいけないと思い込んでしまうものです。
上司以上に自由に勤務できる職員
介護施設の職員は基本シフト制です。
曜日や時間帯関係なく、上司が職員の勤務表を作ります。
そのため、職員たちは曜日感覚がなくなったり、時間帯の変動によっては体調を崩しがちです。
しかし、そんな中、自分が好きな日に出勤して好きな時間帯で勤務することができてしまっている職員もいます。
家庭の事情や持病持ちだからという理由で、勤務表を作る上司に勤務日や時間帯の申請を行うのです。
この行為自体は悪いことではないのかもしれません。
それぞれのプライベートに合わせて勤務に入って頂くことは何よりなことです。
しかし、恐ろしいことに、これらの行為を契約外で行っている職員が存在します。
上司と話し合った上でしっかりと契約を結ぶ職員もいますが、それに便乗して自分が出勤できるしたい日を申請する人が存在するということです。
中には、次月分のシフトが作成される頃合いを見計らって「私の来月の出勤できる日とできない日です」と自分で自分の勤務シフトを組み、提示してくる人もいました。
準社員やパートという人材が、正社員や上司を飛び越えてシフトを作成するあの姿は忘れられません。(笑)
当然のように、上司が申請を断ると、「職員のワークライフバランスを考えない会社なんて辞めてやる」と言って人手不足で辛い状況を逆手にとりだすのです。
こういう場面で「ワークライフバランス」という言葉を使う職員ほど、ライフを充実させるためのワークを怠っていることが多いように思います。
どこにも書いていない決まり事
あなたの施設にはないでしょうか?『どこにも書いていない決まり事』が。
例えば、よくあるのは、「休憩時間がとれないから昼食を利用者と食べ、その時間を昼休憩とする」や、「業務時間外に記録を書く」などです。
明らかに給料が支払われていない労働を強いられている場面をよく見かけます。
原因としては、人手不足により定められた時間内で業務をこなすことができず、職員が勝手にやってしまっていることが多いです。
その後の後輩もそれにならうしかないから、『暗黙の了解』として成立していってしまうのです。
ちなみに、上司は当然のように見て見ぬふりです。
よくよく考えたら、『どこにも書いていない決まり事』というよりは、規定してしまえば罰せられるため、『どこにも書けない決まり事』ですね。
そういった、ケアやサービスの質以前に労働環境が整えられていない職場は考え直した方が良いように思います。
職員と利用者の上下関係
これは、施設全体というより部署ごとに変わってくることだと思いますが、介護現場の雰囲気によっては職員と利用者に上下関係が生まれることがあります。
私自身、就職先や施設実習に行くことで、様々な現場をみる機会がありました。
部署によっては大丈夫なところとそうではないところがありましたが、1つのフロアの中にヒエラルキー(階級構造)が存在するのです。
例えば、怖い職員さんがいると、他職員ばかりでなく認知機能のしっかりされた利用者までが怯えておられました。
「あの人の言うことを聞いておかないと後が怖い」といった調子です。
実際に、その利用者の方が言うことを聞かない時には、その怖い職員の名前を使って「言うことを聞かないと、◯◯さんに言いつけるよ」というセリフを吐いて脅しにかける職員もいました。
その時、その利用者の方は「もう、わかったよぅ」と笑っておられたため良かったのですが、よくよく考えると精神的虐待にあたる気もします。。
職員間の人間関係だけでなく、利用者の方を含めると、人間関係の複雑さはどんどん増していきます。
「してあげてる」という最悪の感覚
そして、もう一つ悪質な上下関係があります、「してあげてる」という最悪の
感覚です。
どうしても、利用者の方は心身や生活の状況に困り、助けが必要です。
そこに、ある程度の技術を持った介護職員が存在し、利用者はその人を頼るしかありません。
というか、介護職はそういった方を支援するのが仕事です。
にもかかわらず、 「普段やってあげてるんだから少しくらい我慢しなさいよ」と利用者を立場的に下に見る人もいます。
何でも言うことを聴いてくれる職員に対してワガママになり、過剰な要求をする利用者の方もどうかと思いますが、元々するべきであったケアの提供を恩着せがましく言うのもどうかと思いますね。
そういう意味でも、職員は利用者に対して、できないことはできないとハッキリ言うことも重要なのではないでしょうか。
「できる範囲であなた様をお助けしますが、できないことはできません」とハッキリ言える関係性が好ましいかと、個人的には思います。
おわりに
いかがだったでしょうか。
介護施設にありがちな邪悪な施設風土を3つに分けてお話してみました。
「中途半端なアットホーム感」「暗黙の了解」「職員と利用者の上下関係」
どれも共通して言えることは、雰囲気という曖昧な部分で悪い結果を生んでしまっているというところです。
自分の施設に当てはまるところや、共感して頂ける内容であれば、幸いです。
介護現場にありがちな思考の誤りに気づきましょう。
結論、建物では幸せにはならない。
今回のお話の結論として、言っておきたいことが、決して人は建物では幸せにはならないということです。
「当たり前だろ」と思われるかもしれませんが、みんなが思考の誤りとして陥ってしまっているように感じます。
介護施設が、その利用者であるご高齢者を不幸にしているとまではいえませんが、「施設に入れておけばいい」と思い込んでいる家族や職員、または施設経営者の一般的な考えが不幸にしているのです。
入居せざるをえない状況になったとはいえ、その中身をどうするのかという当たり前の議論がなされていないことは不可解極まりないことです。
受け入れる側のケアの中身、人としての質が重要であるにもかかわらず、そこには改善点がないというような顔をしているのです。
1人部屋に閉じ込めることを個別ケアとは言いませんし、集団生活に合わせるよう強制することを自立支援とは言いません。
施設に入所するという環境の変化は仕方のないことだとしても、周囲の状況があるべき姿から変わってしまう必要はありません。
なぜ、家族は面会にこないのでしょうか?
なぜ、個々に合わせたサービスを展開できるような工夫を怠るのでしょうか?
それぞれに事情があるため仕方のないことかもしれませんが、「施設に入れておけば大丈夫」という思考になってしまっていることが原因であるということもいえるかと思います。
ご高齢者が望むもの
本当にご高齢者が望んでいるのは、自分を受け入れてくれる対応や自分に合わせてくれる環境の柔軟性であるはずです。
かといって、人間の欲望やニーズを全て叶えられるわけではありません。
全ての利用者に満足いく介護サービスを提供することは不可能に近いでしょう。
だからこそ、「どうすればこの人の不満がなくなるのか」と考え続けなくてはなりません。
「この人が満足いくために、自分たちには何ができるだろう?」という議論が、介護現場には必要だと言っているのです。
「この人は認知症だから言っていることがめちゃくちゃ。なんとか言って誤魔化そう」と利用者の思いや感情をあやふやにしてしまうことが、プロの介護士に求められるスキルではありません。
利用者が満足のいくケアができていなかったらプロ失格だと言っているのではなく、そういった姿勢を持つことが大事だと言っているのです。
「自分のために考えてくれている」「自分に合わせてくれる」という感覚を持ってもらうことが、安心感につながるはずです。
介護業界に求められるもの
介護施設という建物や仕組み、その中のルールに問題はないと思い込んでしまえば、そこで成長は止まり、曖昧なところで悪い結果につながります。
提供するケアの内容、受け入れる職員の質に問題がないかを考え、改善していく姿勢が求められることでしょう。
賃金の上昇はその後の話です。
利用者が安心できるサービスを提供できていないうちから、「給料が低い」と愚痴を言って成長を怠るのは不毛な意見です。
最後にもう一度念を押して言いますが、決して建物では人は幸せにはならないのです。
そのため、その中身となるケアやサービス、人材の質を決める会社の雰囲気、施設風土をより良くしていくという視点を持つことが重要です。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。なぜか熱く語ってしまい、長文失礼しました。
現場で働く1介護士の声でした。(笑)